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「斑鳩フィールドワーク」を実施(京大 吉川教授)

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  • 「斑鳩フィールドワーク」を実施(京大 吉川教授)

11月24日(火)に昨年度同様、京都大学の吉川教授にお来しいただき、「古代斑鳩の土地計画を体感する」をテーマに生徒23名がフィールドワークを行いました。

本校は矢田丘陵に位置し、斑鳩にも近く、歴史的にも非常に恵まれた場所に位置しています。今回もその地の利を存分に活かし、実際に現地を訪れながら歴史を科学的に分析することの重要性を理解することを主眼としました。ルートは以下の通りです。
1 法隆寺  2 斑鳩宮跡  3 仏塚古墳(横穴式石室の見学)    4 法輪寺 
5 三井の井戸見学   6 法起寺  7 法起寺周辺条里

まずは吉川教授に15分ほど事前講義をしていただいた後、バスで学校を出発しました。聖徳太子の時期の土地区画と、それ以後の土地区画の違いが、残っている道の角度で分かるという話をしていただき、生徒の中でのイメージが明確になったと思います。

法隆寺周辺はかつて聖徳太子一族が住んだ地域です。そこで、北で20度西に振れる道、北で8度西に振れる道が混在することが分かっています。

北で20度西に振れる道は、飛鳥と斑鳩をつなぐ道と同じ角度です。さらに、発掘の結果、聖徳太子の時代の、やはり北に20度ふれる建物跡が見つかっています。

これらを勘案すると、飛鳥から斑鳩を含む壮大な土地計画のもと、聖徳太子一族が斑鳩の拠点作りを行ったことが想定されます。そして、聖徳太子の死後、聖徳太子の一族が滅亡してしまった後につくられた道は北で8度西に振れることも分かっています。現在私たちが見ることのできる法隆寺は、その北に8度西に振れる角度で建立されています。

なぜ角度が変わったのか、詳しいことは分かっていませんが、文献だけでは理解することができないことを、以上のような歴史的な背景をふまえて、現地に赴いて実際に歩き、目にすることで体感することができました。20度西に振れた道、8度西に振れた道はそれぞれ今でも残っています。古代から使われている道を歩くことで、より身近に歴史を感じられたのではないでしょうか。

また、その後訪れた仏塚古墳の石室では、古代石室の築造技術を肌で感じることができました。
この古墳は聖徳太子以前に斑鳩にいた有力豪族の墓と考えられています。

次の法輪寺では仏像を拝観しました。法隆寺にある仏像と形式的に似た同時代のものを見て、その関係性を理解し、仏像の彫刻様式にも話題は広がりました。

また、寺の伽藍配置の話にも触れられました。仏像の彫刻様式や伽藍配置などは日本史の授業でも扱います。授業で習ったことと実際をリンクすることができ、普段の日本史の授業の理解にも役だったと思います。

さらに三井の井戸で古代井戸のレンガを見て、古代技術の高さを知りました。

その後法起寺に行き、法起寺式の伽藍配置を見学し、古代瓦の講義もしていただきました。生徒たちは興味を持ったようです。

最後に法起寺周辺の条里制のあとを歩きました。1町=108mで画される古代の条里が非常に美しく残っていて、しかもきれいに南北に沿った形をしています。古代においてはその条里1区画あたり5人分の土地が支給されたことを、座学ではなく、実際に歩いて体感することができました。このことも授業では習うのですが、実際見て感じると改めてその土地の広さを実感できたようです。
 以上のように、例年通り、生徒にとって非常に有意義なフィールドワークとなりました。